NOSTALGIE CAFE ろまん亭、一般社団法人コミュニティデザイン 代表理事 松尾 敏正 | いーなかえーるは、岡山県北・津山市周辺の求人情報をご紹介します

岡山県北部(けんほく)ではたらく。くらす。いーなかえーる

いーなかえーるとは?

岡山県北部でくらしているスタッフが、
津山市周辺の求人情報をご紹介!!
> > 詳しくはこちらから!!

かえーる人

岡山県
真庭市

2019年05月07日 更新

食を通じたつながりを、真庭から。

NOSTALGIE CAFE ろまん亭、一般社団法人コミュニティデザイン 代表理事 松尾 敏正

岡山県にある、 NOSTALGIE CAFE ろまん亭、一般社団法人コミュニティデザイン 代表理事 松尾 敏正さんに、お話を聞いてきました。

1昔ながらの街並みに佇む、ハイカラなカフェ「ろまん亭」。

丸尾

「ろまん亭」というのはどういったお店なのでしょうか?

松尾

勝山には街並み保存地区というのがあって、25年前に整備されました。しかし、ここはもともと城下町で住居が多く、観光地として活用するには飲食店が少なかったんです。
そのため、地域の方々と話し合いながら、二十数年ほど前にうどん屋さんを作ったのですが、そのうどん屋さんの店主がご高齢になられて、店の維持をしていくのが大変だという相談を受けました。

私が代わりに、「ろまん亭」という名前を引き継いで、カフェとして業態を変えて、この建物でオープンしたのが3年前です。

丸尾

建物が特徴的だなと思ったのですが、この建物はもともと、どういうところだったのですか?

松尾

大正時代に住居兼写真館として建てられたもので、当時生まれた「ハイカラ」という言葉が似合うと思うんですけど、この町並みの中にあえてこの洋風の館を建てたみたいです。当初は住居として維持されていたんですが、建物としては30年ほど前に空き家になってしまったので、お店として活用するために改修をしました。

丸尾

なるほど。ハイカラと言われる通り、当時から斬新な建物だったんだろうなというのが、外観から分かります。このお店の中も落ち着く空間ですね。結構リノベーションなどされたのですか?

松尾

基本的には内装は大きな触り方をしていなくて、しつらえものを換えたんです。例えば照明であったりとか、いすやテーブルとかを換えただけで、実際大きな調理器具も換えていないですし、大きな内装の変更もせずに、そのままでやっています。

丸尾

来られるお客さんというと、どんな方々が多いですか?

松尾

平日と週末で、お客様層は変わってくるんですけども、平日は地元の方が中心に来られる感じです。週末土日に関しては、もう市外の方や、県外の方も来られますね。湯原温泉の帰りの方であったりとか、意外にも山陰からもこの山間部に遊びにこられる方が結構いらっしゃいますね。

丸尾

そうなんですね!?鳥取とか、島根とか。

松尾

はい、鳥取も島根も来られる方多いですね。あと神戸や大阪とか、あと面白いのが、福山とか広島とか、そういうところからも来られます。何か昔からの交通の要所になっていたという名残もあってお客さんが流れるんだなというイメージを持ちます。

丸尾

なるほど。そもそも旧出雲街道であり城下町ですからね。今も意外と人の動線としては共通のものがあるのかも。湯原温泉もあるし、蒜山高原もあるし、この辺りの観光と絡めて、こちらに来られる方もいらっしゃるということですよね。提供されているメニューとかは、何か特徴がありますか?

松尾

基本的に地元の素材を使おうと思っていまして。地域づくりによって作り上げた商品、産物をなるべく使おうと思っています。例えば「水田米(みずたまい)」という、北房の水田(みずた)というところで作られたお米を使ったり、蒜山のジャージー牛を使ったハンバーグを作ったり。真庭をベースに料理を作ることで、市内外の方に「真庭らしいものを食べたな」「地元にこんなものがあったんだ」と再発見してもらえるような商品アイテムにしています。

2町や村の垣根を超えた「真庭市交流定住センター」。

丸尾

ろまん亭以外にもいろんな活動をされていると伺いました。

松尾

真庭市交流定住センター」にて真庭市内各地の地域づくりに携わる活動のお手伝いをしています。正確に言うと私が代表理事を務めさせいただいている「一般社団法人コミュニティデザイン」が、真庭市交流定住センターを受託運営させていただいております。

やっていることは結構多岐に渡るのですが、大きく分けると「定住」と「交流」がベースとなっています。「定住」としては真庭市外から移住希望の方の窓口として、移住されてからのアフターサポートや相談役をしています。

「交流」では、真庭市内の交流活性化を中心に行っています。真庭市は14年前に9町村が合併しています。だからこそ町の垣根を越えた人材交流を促そうと取り組んでいます。例えば落合の方が北房の方とつながって、北房の方が湯原の方とつながって、湯原の方が久世とつながってという感じで、9町村の垣根を越えた関係性づくりに力を入れています。

それの分かりやすいコンテンツとして「やまびこマーケット」という交流イベントを企画運営して、真庭市内で町村の垣根を越えた関係性づくりをしています。今後は市外の方、もしくは県外の方とも連携しながら、もっとスケール感を持って、行政という区間の垣根を越えた交流をしたいと考えています。

丸尾

一口に真庭といっても、その中の地域間で結構距離がありますもんね。その地域地域で色々なプレイヤーがいるんでしょうね。

松尾

文化も違えばなかなか慣習も違うところもあったりして。多様性を容認し合うという感じでしょうか、そういった文化を僕らが交流を通して近づけていけたらいいなと思っています。
世代を越えたつながりも大事だなと思っていまして、お子さんから高齢者の方まで、一緒に地域づくりに参画できるような取り組みも考えています。

3そのほか、地域に関わる様々な事業。

丸尾

宿泊施設なども運営管理されていますよね?

松尾

そうです。鏡野と久世の間にある余野(よの)という地域に、二十数年前、地元住民の方々により「高仙の里よの」という宿泊施設を運営していく組織が立ち上がったんですが、その組織メンバーの高齢化に伴って、施設の維持管理というのがどうしても課題になっていました。そういった課題を、僕が真庭に来てから立ち上げた会社「ライフギアプロジェクト」が代わりに運営をしていこうと。そうすることによって、久世に限らず、いろんな地域の方々に関わってもらって、活動を広げようと運営を進めていますね。

丸尾

他にも関わられているものがありますか?

松尾

落合の上田にある上田小学校という、平成23年に休校になった小学校がありまして、そこの利活用をしようと活動しています。そこは山の中ですが、利用をしていくために、美容室やカフェ、セミナーができるようなスペースだったり、宿泊施設を作ったりしています。

そこで「UEDA VILLAGE PROJECT(ウエダ ヴィレッジ プロジェクト)」を立ち上げまして、目の前に普門寺というお寺があるのですが、そこの住職さんと、地域と、僕らの団体とで運用しようということで実際に2019年の4月から実質運用予定で、現在はテスト運用をしているところですね。(取材時2019年3月時点)

丸尾

複合施設としてもUEDA VILLAGE PROJECTの今後が楽しみですね。

松尾

あとは「岡山県地域おこし協力隊ネットワーク(OEN)」の理事もやっております。
今、岡山県内にも大体180名近くの地域おこし協力隊員がいます。
地域おこし協力隊員は市町村単位で雇用形態をとっているのですが、そこでの仕事内容が結構それぞれ近いことがありまして。例えば予算の使い方といった情報共有の場を作ってあげて、隊員のスキルアップにつなげられるようにしています。

そして年に一度、新庄村で「地域おこし協力隊卒業生が拓く地方のフロンティア」というイベントを開催します。それは岡山県下だけじゃなくて、中四国の現役・OBの協力隊が集まって、活動の報告会をやっているんです。

4大阪から真庭市へ。憧れは30代スローライフ(笑)

丸尾

ちなみに松尾さんは出身はどちらなのですか?

松尾

生まれは真庭市の月田(旧月田村)なんです。幼少期の段階で大阪の枚方市に行くことになり、小中高とそこで育ちました。38歳までは大阪にいましたが、妻とこどもの家族5人で真庭に帰ってきました。今は「孫ターン」という言葉がありますが、もともとゆかりのある真庭市に帰ってきました。

丸尾

真庭市に帰ってこられたきっかけはなんだったのですか?

松尾

大阪では飲食店の経営をしていまして、夜も休日も仕事といった働き方で、家族をおざなりにする状態が続き、何だか自分の中でもしっくり来なかったんです。のんびりと田舎で家族と一緒に過ごそうという思いで、長女が小学校に上がるタイミングで大阪を離れ、会社も辞めて真庭に来ることにしました。

丸尾

以前のお仕事はかなりバリバリやられていたとお聞きしました。

松尾

もともと独立してやり始めたのが24歳なのですが、関西圏で京橋、天王寺、枚方の3店舗を直営として展開していました。そしてもう1つ会社があって、そちらの取締役もやっていたんですが、そちらは全国で40店舗ほど運営しておりまして、当時は関東圏と関西圏を行き来していました。

丸尾

それは大規模ですね(驚)お店はどういった感じの業態でしたか?

松尾

カフェやフレンチ、イタリアンと洋風が中心でしたね。2軒だけ和食もあったんですけど。多ジャンルで展開していました。

丸尾

どういった役割をされていたのですか?

松尾

運営管理部長として各店舗の店長の教育と、運営管理をする役割をしていました。

丸尾

ということはその事業部自体の代表ということですね!?

松尾

そうですね。一番忙しいときには東京にもマンションの一室を借りて大阪を行き来していて、ほぼ大阪の自宅には帰れない状態が続いたりとか。海外進出でシンガポールに行ったりもしていたので、家族といる時間が無いような仕事の仕方をしていました。バーも運営していたので、夜遅かったりとかも・・。

自分が好きでやっている仕事だけど、この仕事をやり続けると家族との時間がキープできないなというか、家族を犠牲にしちゃうイメージがどうしてもありました。自分ももう40歳を前にして、そんなに長いことバリバリ働くというよりは、もうちょっと自分の時間を大切にしたいなと思って退職を決めて、真庭にやってきました。憧れは30代スローライフだったんです。(笑)

5“まちをおこす” 真庭市の地域おこし協力隊第一号として。

丸尾

真庭市に来られて、まずは地域おこし協力隊としてスタートされたのですよね。

松尾

真庭市の地域おこし協力隊の1号で入りました。当時の地域おこし協力隊1号の最初のミッションとしては「真庭全域を担当」という、非常にスケールの大きい話でした。真庭市は地域おこし協力隊の導入を2014年から始めているのですが、2009年に制度ができたので、全国的に見ると後発型です。

着任して最初の1年は、真庭市長から「経営的視点での仕組みづくりをしてほしい」と言われていました。私自身も民間の経営をしてきた人間だったので、そういった経験をもとに、協力隊受け入れをした自治体の成功事例と失敗事例の検証をしたうえで、真庭市における協力隊運用の仕組みを作っていきました。

丸尾

地域おこし協力隊の運用の仕組み自体を作っていたのですね。他にもやられていたことはありますか?

松尾

真庭市内における行政施設の運用方法を検証してきました。真庭市内の9つの町村には、合併する前に施設がたくさんできたんですね。でも、そういった施設の活用があまりできてないところがありまして、住民の方々はその施設に対してどう思ってるのかをヒアリングしたりなどもしていました。そうすることでその施設のポテンシャルを上げて、うまく活用できる方法を企画、検討などを行なっていました。

もともと大阪で商売をしているときに、商店街でバルイベントを開いたりするような、商店街活性化事業の実行委員をやっていました。そういった経験から“まちをおこす”ことにすごく興味があったんです。

6「人に良くする」と書いて “食”。

丸尾

もともと飲食業で活躍されていたときに培われた人材育成ですとか、食の掘り起こしとか、あとは場所づくりといったことが、この地域で生かされているなという印象があります。

松尾

僕は「食を通じて人を幸せにする」というテーマを自分の中に持っています。“食”という字は人に良くすると書く。「人に良くする」ことによって、人が幸せになるというのが僕のコンセプトなんです。なので、何をするにしても、食を通じて何をつなげていきたいと思っています。場づくりであったり、空間づくり、雰囲気づくり、関係づくりも然り。

私自身飲食業に携わって長いですが、飲食業はサービス業の中でも、社会的地位が低いという印象があると考えています。仕事をしているのに「ちゃんと仕事をしろ」と言われてしまうような何か・・・。

そういうもどかしさから、僕の経験を一人でも多くの飲食業を目指す若者に共有できればと思い、専門学校の講師も5年間務めました。そこで飲食業を目指す若者たちが、飲食業に対してのスキルと自信もって、事業に立ち向かってほしくて。講師をしている間も、「人を幸せにする」という想いが大前提としてありました。

7次世代のチャレンジを、肯定し応援していくこと。

丸尾

これから松尾さんが、この地域でさらにチャレンジしていきたいことはありますか?

松尾

真庭市内において、旧町村の垣根を越えて、自然体としてみんなが知り合いになって、いずれは僕ら「真庭市定住交流センター」が意図的につなぐ必要がなくなればよいと思ってるんですよね。

そして僕が一番大切だと思っているのは、未来を担う子供たちが、将来的にふるさとに誇りを持って、真庭を活性化させていってほしいと思っています。今43歳なんですけど、もう既に後継者のことが不安で仕方がないんです(笑)。いずれ私も老いていきますし。

この先、地域の最前線に立つのは今の20代や10代の子たちなので、そういう子たちを応援できる体制を僕らでつくっていきたいと考えています。そうするためにも、まずは若者たちが取り組むことに対して否定をするのではなく、肯定していくことで若者たちを応援していきます。そこに真庭の将来があるんじゃないかなと思いますね。

8肩の荷を降ろすと「なんでもできる気がしまして」(笑)

丸尾

大阪でされていた仕事と、現在のお仕事、共通点もありますが、お立場とかいろいろ違うと思います。大きく自分でやってみて違うことって何かありますか?

松尾

やっぱり雇用することって、すごい大変じゃないですか。前の会社のときに、160人ぐらいの社員と、アルバイトを雇用していてさらにそれぞれに家族がいるんです。気付いたら、もう何百人もの生活に関わっていて。いざそれを全部やめて、家族5人を食わすことだけを考えた時、なんでもできるような気がしまして(笑)。

その選択によって家族を苦労させる可能性もあるんだけど、今までのことを考えると、家族5人を食わすためだけなら「何でも挑戦できる」という、自分の中のハングリー精神が燃え上がったというか(笑)。

丸尾

意外と自分の肩の荷がおりたというか、動きやすくなったと。

松尾

そうです。だんだんと会社が大きくなることで会社の全体に関わってくるので、そういったプレッシャーからの解放が一番良かったと思います。よく、「松尾さん、いっぱい会社やられてすごいですね」なんて言われるんですけど、そんなこと全然なくて。

あくまで起業はスタートの線を切っただけなので。なので、「会社をつくること」、「起業すること」ってそんなに大変じゃないけども、「やり続けることが大変なんだよ」ということを、自ら走りながらそれを表現していきたいなと思います。

9地域に必要とされているのは「たまり場」。

丸尾

松尾さんがこれから地域に必要だと思われるものはなんですか?

松尾

そうですね・・。「食を通じて人を幸せにする」これって、地域づくりにも通じるものがあると思っています。僕は全国の地域づくりをしている地域を回るのが大好きなんです。それらを見ても、地域に必要とされるのは「たまり場」だと思っています。

飲み屋みたいな住民のコミュニティとなる場所をつくり上げることは、食にも通じてくるし、そういうふうに“地域がおこっていくこと”を大切にしたいなと。なので最近「松尾会」というのを始めました。(笑)

丸尾

松尾会!?それはどこでやってるんですか?

松尾

ろまん亭で、第3金曜日の夜に。ただ僕がここでご飯を食べたり飲んだりしていると、勝手に人が集まってくるような会です。時には松尾不在会も可能性としてはあるんですけど。(笑)これ毎月やることによって、ただ「ろまん亭で松尾がご飯を食べているから」という理由で、そこにいろんな人が集まって、横のつながりができたらいいなと思っています。若い子とかも少し興味があるでも構わないから、何か一緒にできたらいいなと。そんな小さな火種をいっぱいつくっていきたいと思っています。

食を通じたつながりを、真庭から。
0140

Nostalgie Cafeろまん亭

勝山街並み保存地区の一角にあるカフェ。岡山県北の魅力ある野菜や乳製品など「ここだから食べれる」「今だから食べれる」といったこだわりを大切にし、地元食材をメインとしたメニューを提供。「気軽に立ち寄れるお店」そして、人々の出会いを大切にすることを一番に「岡山」を知って頂き、「真庭」を知って頂き、そして「勝山」を知っていただく為に日々営業しています。

岡山県真庭市勝山249

https://i-maniwa.com/area/roman/

 

真庭市交流定住センター

真庭市内の旧町村が垣根を越えて人材交流を行うほか、都市間交流として「真庭ライフスタイル」を市外・県外に広げています。また、真庭市内に対する移住希望者を地域につなげられるようなサポートも行っています。

岡山県真庭市久世2374-3

https://i-maniwa.com/area/koryu/index.html

 

お話を聞かせていただきありがとうございました!「食を通じて人を幸せにする」という理念をもって“まちをおこす”活動をされており、私自身ももともと飲食業出身でもあり、現在地域で事業を行う経営者という立場からも、とても共感するところが多くありました。
自身のライフスタイルを見直されて、大阪での仕事に区切りをつけ、肩の荷を降ろすと「なんでもできる気がした」という話はとても印象に残りました。松尾さんは大阪から真庭にUターン(孫ターン)の“まちをおこす”かえーる人でした。

 

取材日:2019年3月12日

撮影地:Nostalgie Cafeろまん亭、勝山町並み保存地区(岡山県真庭市)

ページトップへ
ページトップへ