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津山発のネクタイブランドを全国に展開

前編株式会社笏本縫製 代表取締役

笏本 達宏

津山市

株式会社笏本縫製の代表取締役 笏本達宏さんにお話を聞きました。

 

#事業承継
#脱下請け
#ブランドづくり
#モノづくりの本質
#つくり手の幸せ

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1おばあちゃんが創業した笏本縫製

丸尾

笏本縫製は、どのような会社か教えてください。

笏本

笏本縫製はネクタイ縫製を行う会社です。

 

1968年に創業して、今年で54年を迎えました。はじめ私の祖母が自宅の一室で創業し、それを母が継いで法人化させ、工場移転なども行ってきました。そしてぼくが3代目として2021年に家業を継いで代表になりました。現在はネクタイ職人など総勢で14名の会社です。

丸尾

創業54年ということで、歴史のある会社ですね。
現在はネクタイが主ですが、これまではどのようなものをつくってこられたのですか?

笏本

はじまりから言うと、祖母の代に祖父が早くに亡くなってしまい、子供もいたので、家で仕事ができないかな?ということで、シャツのボタン付け、ボタンの穴あけ、商品を畳む、アイロンしてしわを伸ばすなど、シンプルな仕事を自宅に持って帰って一室でやっていたと聞いています。その仕事がいっぱいになったので、近所の主婦さんを呼んで、小さい内職所のような形をつくったんです。

 

そうしているうちに、商品のクオリティが高いということで、ちょっとずつ縫物も増えていきました。例えばベビー服、ブラウス、スカートの縫製や、いろいろなものをつくってきました。そして今から約15年前にネクタイ縫製に事業転換をしたのです。

創業当時の工場の様子
丸尾

ネクタイ縫製がメイン事業になる前は、幅広くものをつくっていたのですね。

笏本

そうですね。一般的な下請けの仕事をずっとやっていたので、メーカーから依頼のある商品をつくっていました。要望に対して応えるというのが仕事でしたので、本当に幅広くものをつくってきたんです。

 

だから設備も、ネクタイの縫製工場にはないぐらい、しっかりとしたものもあります。例えば、「検針機」という針など金属類が入っていないかというのをチェックする機械ですが。とくにベビー服などを製造する際には、かなり厳しい条件があったので、とても高価な検針機も社内にあったりします。

丸尾

ホームページに「縫製はかっこいい」という言葉がありますね。

笏本

私自身、本当に幼いころから現場で育ってきました。ベビーベッドではなく段ボールに座布団の中で、ミシンの音が子守歌みたいな感じでした。

 

にもかかわらず、物心ついてくると、めちゃめちゃ大変な仕事しているし、儲かってそうもないし、すごく偏見がありました。格好悪いとか思っていたんですよ、実は・・。

 

なんですけど、大人になって家業に入るキッカケができたときに、改めて見ると、自分の血肉になっている仕事だったんだなということを感じ、この仕事って、実はめちゃくちゃ「かっこいいじゃん!」と思うようになりました。

 

「担い⼿も少ない」「稼げない」「あまりかっこよくない」というイメージをいかに「かっこよく」できるか。覚悟を持ってホームページにも「縫製はかっこいい」と記載しています。多分消すことはないかなと思います。

笏本縫製のホームページ

2心の中にあった、家業に対する偏見

丸尾

笏本さんは幼い頃から先々代、先代と見ていらっしゃったのですね。

笏本

祖母の代は、本当に幼ながらに横目で見ていたという感じですね。母の代になると、やっぱり学生になってきて、ちょっと手伝うくらいでした。母も「継ぐな」と言っていたので。

丸尾

ご自身が家業を継ぐとは、まったく思っていなかったのですね。

笏本

学校を卒業してからは美容師をやっていました。当時は全くやる気はなかったですね。ただ、実際に家業に入ってやろうかなと思った転機は、一度、母の体調が悪くなったことがあり、もし「母がいなくなるとこの会社がつぶれるな・・」と思ったことでした。

 

「家業を継げるのは誰なんだろう?」と思ったときに、「自分しかいないんだろう」と、ときどき考えるようになりました。

丸尾

美容師をやめて、戻ろうと思われた経緯は?

笏本

子供の頃から、いつも帰ってくるのが夜遅いし、旅行なんか行けた記憶もなければ、アイスクリーム1個買うのも断られるぐらいの家でした。当時の僕の正直な印象は、安い商品を、夜な夜なつくっているような会社なんだろう・・というものでした。

 

でも実際には、工場に足を踏み入れると、誰でも知っているメーカー商品とか、有名ブランドがずっと広がっていたんですよ。「え、うちでつくっているの!?」となり、「これを残せるの誰だろう・・?」と考えたときに、「自分しかいない」と思ったんです。

 

夢って簡単にかなえられるものじゃないけど、何か「自分の親がやってきたこと」って、少なからず思い入れがあると思うんです。例えば、「学校の先生の子が、学校の先生になる」とかとか・・割とある話ですよね。

 

自分にとっての選択肢は、「町工場から町工場」という、ハードル高いんですけど、やりたいなと思っちゃったんですよね。

丸尾

笏本縫製に入られてから、どんな感じの業務をやってきましたか?

笏本

いつか自分がトップに立つためには、技術もちゃんと分かっていないと駄目だということで、すべて教えてもらいました。

 

僕が小さい頃、おしめを替えてくれたような職人さんもいるわけですから、その方たちに教えてもらって、技術を一通り学んで、そこから管理だったり、営業だったりとかを学んでいきました。

3ネクタイブランド「SHAKUNONE(笏の音)」の誕生

丸尾

その後、笏本さんが代表になられる少し前から、SHAKUNONE(シャクノネ)というオリジナルブランドを新たに立ち上げられていますよね。

笏本

そうですね。私が笏本縫製に戻ってきたのが13年前、そしてSHAKUNONE(シャクノネ)は、2015年の9月でスタートしてから、現在で7周年になりました。

丸尾

「オリジナルのネクタイブランドをつくる」というところが、非常に大きな転換だと思いますが、それはどういう形で始まったのですか?

笏本

うちの商品は、すごく品質がいいという自負はあったし、メーカーさんからの定評もありました。でも何か・・自分たちが納めているお客さんって、これを着けるお客さんが、さらに先にいるはずなのに、「その手前でとまっている」というか。

 

僕たちは「手前にいるメーカーに納める」ので、「メーカーがお客さん」ということになります。「あれ・・、おかしいぞ」と。お客さんの声が「つくっている自分たちに聞こえてこない」ということに、すごく違和感を持ち始めたんです。

 

やっぱり「下請け」だけだと、事業的にも正直きつかったですし、もっと自分たちの価値を外に出していくためには何かできないか。何か「コアになるもの」がないといけない。それが僕たちにとってブランドなんだ、という考えでつくりました。それが2015年ですね。

丸尾

「一からブランドをつくる」ことは、そもそもコアとなる製造の技術などはもちろん、それだけではないですよね。

笏本

僕は、デザイナーでもなければ、コンサルタントでもないし、ブランドなんかつくったこともないし、ディレクター業でも全然ないですが。でもブランドつくるのって正直簡単なんですよ。だって名前つけて商品つくって、「ブランドです」と僕たちが言っちゃえばできるので。

 

でも、結局それが形になって認知されないと意味がないというところがあります。

 

まずホームページをつくり、ブログを書いて、SNSを始め、どんどん発信をしていきました。とにかく知ってもらうためにクラウドファンディングをやって、SNSでそれを広げて、皆さんに共感をいただいて、応援いただいてというのを繰り返し行なってきました。

 

お金がないから広告も出せないし、自分たちでできることを模索しながら、SNSを使ったり、ホームページを使ったりしながら、どんどん発信していったというのが僕らのやり方です。

多くの方がSHAKUNONEネクタイを手に取ってくれたクラウドファンディング

4自分たちの声が遠くに届き始めた

丸尾

最初はなかなか発信しても届かないですが、あるときから潮目が変わるというタイミングがあったりします。ホームページを公開されてから、その後クラウドファンディングをされましたよね。あれぐらいから世の中の反応が変わってきたという感じでしょうか?

笏本

クラウドファンディングを使い、それにSNS発信を合わせていくことを繰り返していくと、自分たちの声は身近な人だけじゃなくて、遠くまで届くんだというのが分かりました。そして、もっと遠くに届けるためにはどうしたらいいんだろう?と、自分ですごく考え始めました。

 

クラウドファンディングを行ってからは、百貨店側から連絡をいただくようになりました。はじめにいただいたのは関西のトップ百貨店からのお声掛けでした。そこから他の百貨店でのポップアップも広がっていきました。これが2017年のクラウドファンディングを起点に2018年に起きたことです。

丸尾

それこそ、百貨店からの連絡は、どういう感じだったんですか?

笏本

「ここまで若くて、こだわって商品をつくっている職人がいるということに驚きました!」ということでした。いたのに知られていなかった。「やっぱり知られないと意味がないんだな」ということが、ここでめちゃくちゃわかりました。

5お客さんの顔が見えるということ

丸尾

百貨店で直接お客さんと対面するようになり、下請けの受託製造が主だった時代に感じていた、「お客さんの顔が見えない」などの感覚に変化がありましたか?

笏本

そうですね。恥ずかしい言い方かもしれませんけど、「ずっと満たされなかったものが満たされた」ような感覚がありました。最前線に立たせてもらったりすると、お客さんの顔が見えるんですよ。帰ってみんなにそれを報告しました。

 

大学卒業した女の子が、「ひとつ年上の彼氏に初めてプレゼントするネクタイを選んだんだよ」とか、「旦那さんへの誕生日プレゼントを」「クリスマスプレゼントを」「こんなふうに言われたんだよ」とかとをスタッフに伝えたんです。

 

そうすると「私たちは、そういう人たちのためにつくっているんだ」と、イメージが具体化されるんですよね。すごく仕事の質が上がっていきました。

 

こだわる分、時間がかかったりとか、効率が多少落ちたところもあるけど、それに関係ないくらい、ぎゅっとコアができたみたいな感覚がありました。

SHAKUNONEをスタートし、百貨店ポップアップにて店頭に立つ笏本さん

6お客様に喜びを、つくり手に目いっぱいの幸せを

丸尾

笏本さんが代表になられて、経営理念もつくられていましたね。

笏本

「お客様に喜びを、つくり手に目いっぱいの幸せを。」という、めちゃめちゃ当たり前のことを言っています。

 

なぜ僕がこれを言っているかというと、僕たち自身、これを全然できていなかったからです。お客さんに何とか価値を提供していこうと考えるだけでは、自分たちのためになっていなかった。逆に自分たちのことを考え過ぎると、お客さんにはメリットが与えらるのか?と、いろいろなジレンマがありました。

 

経営理念って変わってもいいと思っているので、僕が代表になってまずやるべきことというのは、「当たり前をつくろう」と考えて、この経営理念をつくったんです。でも10年後は変えてもいいと思っています。

7柄も色展開も、豊富なラインナップ

丸尾

SHAKUNONEラインナップはいろんな柄がありますよね。

笏本

一般的な無地、ストライプ、ドット、ペイズリー、小紋柄、花柄、チェックといろいろありますけど、やっぱり中でも断トツで売れ筋なのは、最初につくった原型モデルのオリジナルです。しかも2017年のクラウドファンディングで挑戦したときに、自社のオリジナルデザインが欲しいと思い開発したものが、いまだにずっと1位です。

売れ筋No.1であるオリジナルデザイン
丸尾

私も持っていますが、この紺色とかめちゃくちゃ重宝します。SHAKUNONEオリジナルの柄に関してもすごく使いやすいなと思います。

笏本

ありがとうございます。おちついた印象のものから、派手なものもあって、パターンとして色幅はしっかりありますし、柄幅もある程度つくってきました。

 

僕が代表になってからは、ちょっとコレクションを絞ったり、絞りながらも色展開を増やしてみたりしていく中でも、やっぱりSHAKUNONE柄の、一番ある意味思い入れを持ってつくった原型のものが、一番お客さんにも伝わるんだなというのは、面白い発見ですね。

丸尾

ネクタイの裏の感じが、通常とはちがう形のものもありますね!?

他にはないオリジナルの折り方「折り紙」
笏本

これはSHAKUNONEオリジナルの折り方で、「折り紙」というつくり方です。折り紙みたいなつくり方をしたので、そう名づけました。

 

ネクタイの裏を反対から見ると、スーツみたいに見える。こういうふうに「末広がりになっているので縁起もいい」ということで。普通のネクタイはは中に折り込むけれど、外に出したらどうなるだろうと試してみて「いこう」と。なので、世界でここにしかないです。

丸尾

とても面白いですね。定型のものがほぼすべての世界で。

笏本

今やっぱりギフトで選ばれる方が多くて、そこに「すごく大切な思い」があったり、「ちょっと特別なものをお贈りしたい」という気持ちにちょっと寄り添えるものとして、結構反響をいただいています。割とギフトとかで選んでくださる方もいらっしゃいますね。

オリジナルデザインもさまざまな色展開がある

8お客様に教えてもらった「つくり手の幸せ」

丸尾

先日、SHAKUNONEがゴールデンタイムのテレビ番組に、特集ドキュメンタリーとして取り上げられていたのを拝見しました。なかでもお客様とのやりとりのシーンがとても印象的でした。

笏本

2021年の春頃に、電話で毎回注目してくれるお客さんがいたんです。

丸尾

ECサイトがあるのに電話で連絡してこられたのですね。

笏本

そうです。最初は「黒いネクタイが欲しい」とのことで、「黒いものといっても何個かあるんですけど・・。」というように、電話で全部接客をしました。しかもデザインを見ずに買われるんですよ。

 

例えば品番が決まっているような商品とかだったら分かりやすいじゃないですか。「こんな色のこんなものが欲しい」みたいな。結構曖昧に注文される方だったので、「何でネットじゃないんだろうな?」というのを不思議に思っていて、全然そのとき知らなかったんですよ。「ネット苦手なのかな・・。」と思っていたんですけど。

 

その後、その方が実際に大阪での出展イベントに足を運んでくださったんです。僕から見て遠くから近寄ってこられているのをみて気づきました。別の方にサポートされながら、肩を持たれて歩いているし、白い杖突きながら歩いているので、「ああ、目が見えないんだ」と。

 

その方に、「なぜうちのネクタイを選んでくださっているんですか?」と聞きました。目が見えないのに、うちのデザインとか、うちの商品を選んでくれるんですかと。

 

そうしたらこう言われました。
「僕、目が見えないので、今はデザインとか色とかは、正直分かりません。でも手触りとか縫製のよさって、触ったり使ったりすると分かるのです。ほかのものよりもよかったので、選んでいます。」と言ってくれたんですよ。

 

僕の経営理念の中にある、「お客様に喜びを、つくり手に目いっぱいの幸せを」という中にも入っているんですけど、やっぱり知ってもらってこそ喜んでいただけるし、知ってもらってこそ自分たちが幸せになれる、ということだと心底思いました。

 

そういうやりとりのことも、許可をもらえれば伝えていくようにしています。そうしたら、すごく反響をもらって、新聞、テレビでも取り上げていただきました。

9売上構成比が逆転、利益率が大きく向上

丸尾

直接お客さんに届けることで、本当に大きく変わるのですね。
受託製造をメインとしていた時と比べて、利益率なども変わってきますよね。

笏本

世界が変わるというか。もう全く見ている世界が変わりました。僕たちがお客様に体験させてもらうことも、そして事業としても大きく変わりました。

 

売上比率について、もともとはSHAKUNONEが始まる前に思っていたことは、「いつか下請けのお仕事7、8割ぐらいで、自社のブランドの売り上げを2、3割ぐらいでできたらハッピーだよね」というのをずっと掲げていたんですけど、逆になりました。

 

7年目ですが、自社のブランドの売り上げが7、8割で、下請けOEMのお仕事が2、3割というふうに逆転したんですよ。売り上げの底上げができた分と、売り上げ構成比が変わったので、利益率は全然変わりました。いろんなチャレンジや施策が考えられるようになりました。

 

大げさかもしれませんが、人生が変わったなみたいな感じです。めちゃめちゃもうかっているわけじゃないですけど、明日のご飯どうしようとか、来月の給料どうやって払おうとかというのを必死に考えていたときから比べると、人生変わったなというのは思いますね。

丸尾

立ち位置が変わると、世界観が変わるというか、そういう感じですね。

笏本

そうです。もともとは、いかに次の支払いを遅らせて、こっちに回してやっていこうみたいなお金のやりくりをしながら、「どう考えても来月100万足りないぞ」とかを常に考えていたので。

 

経営していると、お金があって、給料が払えて、というのが当たり前というような優秀な経営者の方もいますけど、50年以上やっても駆け出しみたいな会社だったので、もう日々が大変でした。

 

年がら年中、月末はシビアみたいな感じだったのが、例えば年末だけどコンビニでビール買えるとかいうぐらいにはなったので、何て幸せな生活をしているんだろうと(笑)物差しが、もともと短いので(笑)。仕事が楽しくなりましたね、本当の意味で。

津山発のネクタイブランドを全国に展開

  • 取材日:2022年10月4日
  • 撮影地:株式会社笏本縫製(岡山県津山市)
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